◆広島の不動産事情って?
1.土地・気候・産業
広島県は、北に中国山地が広がり、南は瀬戸内海に面している。大きな平野はなく、東部の福山平野・西部の広島平野など、ところどころ小さな平野が作られている。主な河川は芦田川・沼田川・大田川であり、県中央部には中国地方最長の江の川(ごうのかわ)が流れている。
瀬戸内海沿岸部の気候は穏やかで、雨も少ない。しかし、中国山地沿いの冬の寒さは厳しく、雪の降る日も多い。
<農業>
農業生産物の28.9%が米である。品種は「コシヒカリ」「ヒノヒカリ」に加え、「ミルキークィーン」新品種の「ヒカリ新世紀」県内限定生産米の「こいもみじ」などがある。
果物では、全国第1位の「ネーブルオレンジ」「レモン」全国第3位の「はっさく」「デコポン」全国第7位の「うんしゅうみかん」などがある。
<畜産業>
飼養規模は年々拡大しており、乳用牛・肉用牛・養豚・養鶏が行なわれている。広島県産の畜産物のブランド化を推進する動きがある。
「広島牛」
神戸牛と比婆牛の交配で誕生した最高級の和牛である。
「サンマーク牛乳」
サンマーク牛乳推進協議会によって作られた。
「広島生まれのトンちゃん」
県内の消費者へ新鮮で品質のよい豚肉を届けることで、地産地消の推進を図っている。
「広島県産たまご」
粗生産額全国第5位。県内から関西まで出荷している。
<水産業>
広島といえば「牡蠣(かき)」生産量は全国1位を誇り、県内でも生産量の83.2%を牡蠣がしめている。
2.まちづくり
昭和20年(1945年)8月6日、原子爆弾が世界で初めて広島市に投下された。広島は一瞬のうちに火の海となり、爆心地から2キロメートルの範囲はほぼ壊滅状態となった。「75年間は草木も生えぬ」といわれたが、被爆直後から、その日を生き抜くための人々の懸命の働きが始まった。
焼け残った材料を集めたバラック建てが作られ、原爆投下2ヶ月後には、路面電車を運行させた。また、むしろを敷いただけの青空教室で必死で学ぶ子どもたちと教師の姿も見られた。翌年(1946年)には、深刻な住宅難に立ち向かうため、長屋や共同住宅が建設された。
そして昭和24年(1949年)に「広島平和記念都市建設法」が制定され、都市の再建は進展した。昭和27年(1952年)アメリカのカリフォルニア州在住の広島県人会からの援助などで児童図書館が建設された。その後の土地区画整理事業により、幹線道路や公園などの骨格ができあがった。
今では広島の象徴といわれている原爆ドームだが、被爆前は産業奨励館だった。奇跡的に残った建物であったが、昭和40年(1965年)頃から建物に傷みが目立ち、取り壊しの危機に陥ったこともあった。
しかし翌年(1966年)に広島市は永久保存することを決定。平成8年(1996年)12月には、ユネスコの世界遺産に登録され、今日に至る。
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